J-PARCとは、JAEA(日本原子力研究開発機構)とKEK(高エネルギー加速器研究機構)の共同プロジェクトである大強度陽子加速器施設のこと。簡単に説明してしまうと、陽子を光の速さの99.95%まで加速させることができちゃうすごい施設!陽子を加速していろいろなターゲットにぶつけることで出てくるミューオンや中性子、ニュートリノなどを使って、いろいろな実験をしています。
前回までのたんけんJ-PARCはこちら。
ステライルニュートリノを探してみよう、JSNS²実験
たんけんJ-PARCの第3回はJ-PARCの中の物質・生命科学実験施設でステライルニュートリノを見つけようとしている実験、JSNS²(ジェー エス エヌ エス スクエアー)実験!
このJSNS²という名前ですが、J-PARC Sterile Neutrino Search at J-PARC Spallation Neutron Sourceを省略したもの。日本語で言うと J-PARCの核破砕中性子源を使ったステライルニュートリノ探索実験 という感じでしょうか。
JSNS²という名前の通り、JSNS²実験を端的に説明してしまおうとすると、J-PARCで中性子を作る際に飛び出してくる反ミューニュートリノを使って、未知の素粒子であるステライルニュートリノを探してみよう!という実験です。
ステライルニュートリノ、という名前はあまり聞いたことがないかもしれません。
ご存知のとおり、ニュートリノには電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類があって、標準模型にも組み込まれているとてもよく知られたものです。この3種類のニュートリノは素粒子物理学における4つの力(電磁気力、強い力、弱い力、重力)のうちの2つの力、弱い力と重力に反応することができます。
それに対してステライルニュートリノは、弱い力には反応せず、重力にだけ反応すると考えられています。物質を構成するフェルミオンの中に、重力だけにしか反応しない粒子は他にはありませんから、ちょっと不思議な粒子のようです。そんな不思議なステライルニュートリノですが、ニュートリノの質量がゼロではないとわかったことで、その存在が予想されるようになりました。ダークマターの候補のひとつともされていますが、現在まで見つかっておらず、本当に存在するのか存在しないのか、いろいろと議論され、探索する実験が行われているのです。
そんな見つけるのが大変そうなステライルニュートリノですが、飛んでいる途中でニュートリノが別の種類のニュートリノに変わってしまうニュートリノ振動と呼ばれる現象を利用することで、その存在を間接的に証明することができると考えられています。
上で紹介しているT2K実験では295km離れた場所でニュートリノ振動が起きていることを観測していますが、もっと短い距離、例えば数10mでニュートリノ振動を観測しようとする実験も行われています。ステライルニュートリノが存在しない場合、このような短距離でニュートリノ振動によって別のニュートリノになる確率はとてもとっても低いのですが、ステライルニュートリノが存在する場合、ステライルニュートリノを経由することによって観測できる程度の確率でニュートリノ振動が起きると考えられているのです。
JSNS²実験では、J-PARCで陽子をターゲットにぶつけて中性子を作る場所(=ニュートリノが発生する場所)から24mと48mの地点にニュートリノを観測するための装置を設置しています。陽子をターゲットに衝突させて中性子を作ろうとすると、いくつかの過程を経て反ミューニュートリノがたくさん作られます。この反ミューニュートリノが数10m離れた場所でも反ミューニュートリノのままなのか、それともニュートリノ振動によって反ステライルニュートリノを経由して反電子ニュートリノに変わっているのか、調べようとしているのがJSNS²実験なのです。
JSNS²実験でニュートリノを観測するための装置は2つ設置される予定になっていますが、そのどちらも壁面に光電子増倍管と呼ばれる光を検出する装置をたくさん配置したタンクになっています。スーパーカミオカンデのタンクにも似ていますが、スーパーカミオカンデのタンクに入っているのは水とガドリニウムなのに対して、JSNS²実験では液体シンチレータと呼ばれるオイルで満たされていて、さらにその内側にガドリニウムを添加した液体シンチレータで満たしたアクリルタンクを設置します。
このタンクの中に反電子ニュートリノが飛び込んでくると、液体シンチレータに含まれる陽子と衝突、そのときに出てくる中性子と陽電子が放出するそれぞれの光を液体シンチレータで増幅して、まわりに設置している光電子増倍管で観測するというしくみです。この反応は反ミューニュートリノでは起こらないので、このような信号を捉えることで反ミューニュートリノが反電子ニュートリノに変わってしまうニュートリノ振動が起きているのかどうか知ることができるのです。
写真で見てみるJSNS²実験
とってもおおざっぱな説明が終わったところで、早速JSNS²実験を見ていきましょう!
(今回見学させていただいたのは、2個あるニュートリノ検出器のうちの建設中の48m離れた方の検出器になります。)
装置の外観
これが2個ある検出器のうちの、48m離れた方のニュートリノ検出器です。屋外に出ちゃっていますが、ここに見えているタンクが4層あるタンクのうちの一番外側のタンクになります。こちらの検出器はまだ建設途中でしたので、中に入ってみることができました!
ニュートリノ検出器の中に入ってみた
ということで、タンクの中にお邪魔してみます。
これが一番外側のタンクと、その内側のタンクの隙間になります。ニュートリノが入ってきて反応を起こしたときに出てくる微弱な光を捉えるために、外から光が入らないようになっているために真っ暗です。ちょっと怖い。ここまでは清潔である必要はないのでそのまま入ることができるのですが、ここより内側のタンクは実際にニュートリノ検出に関わってくる場所になりますので、クリーンスーツを着て、内履きに履き替えます。
2番目のタンクの中に入ると、銀色のシートで覆われた空間に出てきます(とっても狭いですが)。ここが外から飛んできた宇宙線などのノイズを検出するための2番目のタンクと3番目のタンクとの空間です。実験をする際には液体シンチレータと呼ばれるオイルで満たされるこの空間、銀色のシートで覆われているのは、少ない光電子増倍管で検出することができるようにするため。タンクのどこで光っても、その光が銀色のシートで反射されて光電子増倍管に効率よく届くようになっているのです。
ちょっとしたショート動画。
それでは3番目のタンクの中に、この入り口から入っていきます。
ちょっぴり苦労してタンクの中に入ると、かなり不思議な空間が現れます。ここが3番目のタンクの内側です。
タンクの底面だけでなく、側面や天井にもしっかりと光電子増倍管が取り付けられていました。これを使って、反電子ニュートリノが入ってきたときに出てくる弱い光をばっちりと捉えようとしています。
実際にニュートリノの観測を行う際には、このタンクの内側にガドリニウムを添加した液体シンチレータで満たしたアクリルタンクを設置することになります。このアクリルの足場のようなものが、アクリルタンクを設置するための台になるのです。
これが光電子増倍管を拡大した写真。スーパーカミオカンデで使われている光電子増倍管のように、表面が半球状になっているタイプの光電子増倍管です。光電子増倍管の左下についている黒い四角の板にはLEDライトが付いていて、これを使っていろいろな校正を行う予定になっています。
ちなみにこの光電子増倍管、フランスで行われていた原子炉ニュートリノ観測実験Double Chooz(ダブルショー)で使われていたものを再利用したものだそうです。
360度見ることができるように撮影してみたものがこちらです(複数の写真を合成したものなのでちょっと途切れている部分もあります、ごめんなさい)。ミニサイズのスーパーカミオカンデのようにも見えるかもしれませんが、いろいろとしくみは異なっているのです。
タンク内部のショート動画も撮ってみました。
おまけの写真と動画
3番目のタンクの入り口ですが、ただでさえ狭い入り口なのにそれが微妙な高さにあるせいでなかなか入りにくい…!先に頭を突っ込んで、そこでぐるっと上向きに回転して、足を中に入れる、というアクロバティックな動きを要求されます。素粒子実験は体力が大事!
外から2番目のタンクからがんばって外に出ようとする中の人をこちらでご覧ください。
そんなJSNS²実験、2個ある検出器のうちの24mに設置したニュートリノ検出器は2021年から測定を開始しています。ステライルニュートリノは存在するのかしないのか…早く知りたい!
今回のレポートを描くにあたって、JSNS²実験のいろいろをご説明してくださったKEKの丸山さんには大変お世話になりました。お忙しいのにもかかわらず時間を割いていただき、本当にありがとうございます!
JSNS²実験のwebサイトはこちら。
https://research.kek.jp/group/mlfnu/index.html
J-PARCのwebサイトはこちら。
https://j-parc.jp/c/
付録(マンガの横長ver.)
スライドなどに使いやすそうなレイアウトのマンガです。
素粒子はかわいい。素粒子のイラストやマンガを描いています。博士(理学)