岐阜県飛騨市神岡町にある神岡鉱山、すでに鉱山としての役目は終えていますが、素粒子物理学の分野で日本ではもちろん世界的にも有名な場所になっています。強固な岩盤に囲われた宇宙線の届きにくい地下1000mという素敵な環境(しかもアクセスがそれほどめんどくさくない!)がいろいろな実験にぴったり!そんな神岡鉱山の中ではスーパーカミオカンデをはじめとして数多くの実験が行われていますが、東北大学が中心となって行っているKamLANDもそのひとつです。
KamLANDってどんな実験?
KamLAND(カムランド:Kamioka Liquid Scintillator Anti-Neutrino Detector)は、液体シンチレータと呼ばれるちょっと特殊なオイルを使って、太陽から飛んでくるニュートリノや地球、原子炉などから飛んでくる反ニュートリノを検出する実験です。
液体シンチレータでニュートリノを検出!KamLAND!
KamLANDの構造をちょっとだけ詳しく見てみましょう。KamLANDは水で満たされた直径20m、高さ20mの円柱形のタンクの壁面に光電子増倍管を140本取り付けた外部検出器、その内側にバッファーオイルと呼ばれるオイルで満たされた直径18mの球形ステンレスタンクの内側に1879本の光電子増倍管を取り付けた内部検出器、さらにその内側で液体シンチレータ(ドデカン(C12H26)、プソイドクメン(C9H12)、PPO(C15H11NO)の混合オイル)で満たされた直径13mの透明なナイロン製フィルムの球形のバルーンが吊るされている、という3層構造になっています。
反電子ニュートリノがKamLANDの装置に飛び込んで一番内側のバルーンの中で陽子と反応すると、中性子と陽電子が生まれます。そのうちの陽電子は周りにある電子とすぐに対消滅を起こしてガンマ線(光子)を2個放出し、中性子はいろいろなものにぶつかってエネルギーを落としたあとに陽子に吸収されてやはりガンマ線を1個放出します。放出されたガンマ線は液体シンチレータに吸収されて発光、その光を球形ステンレスタンクに取り付けられた光電子増倍管で検出するという仕組みになっています。一番外側の水タンクは外部からくる宇宙線の影響を除去するために使われています。
サイズは違いますが、以前紹介したJ-PARCのJSNS²実験とちょっと似ていますね。
同じ神岡鉱山の中で実験しているスーパーカミオカンデもニュートリノを検出する実験ですが、その検出方法は大きく異なります。スーパーカミオカンデではタンク内の水とぶつかって飛び出した電子やミューオンによって発生するチェレンコフ光を検出するのに対して、KamLANDでは先に説明したように液体シンチレーターが発光して出てくるシンチレーション光を検出しているのです。KamLANDが使用するシンチレーション光は、スーパーカミオカンデのチェレンコフ光と比べて約100倍も強い光を放ちます。そのため、KamLANDではより低いエネルギーのニュートリノを検出することができるのです。ですが、シンチレーション光ではニュートリノがどの方向から飛んできたのかを特定することができません。一長一短があるのです。
KamLANDでは、エネルギーの低い反電子ニュートリノを検出できるという特性を活かして、たくさんの成果をあげています。原子炉から放出される反電子ニュートリノを使ってニュートリノ振動について詳しく調べたり、地球の内部から放出される反電子ニュートリノを観測して地球の内部にある放射性物質の崩壊による熱量を検証したり、太陽から放出されるエネルギーの低いニュートリノを観測して太陽のモデルを検証したり。KamLANDはいろいろな方面で活躍しているのです!
ちなみに、KamLANDはスーパーカミオカンデの前身となるカミオカンデの水タンクを利用して作られていたりします。
ダブルベータ崩壊を見つけたい!KamLAND-Zen!
そんな反電子ニュートリノの検出が得意なKamLANDさん、2011年から新しい実験を開始しました。それがKamLAND-Zen(カムランド禅)です。KamLAND-Zenでは、136Xe(キセノン136)のダブルベータ崩壊(二重ベータ崩壊)を観測するため、キセノン136を液体シンチレータに溶かしたミニバルーンを検出器の中心に追加で設置しています。
ベータ崩壊とは、原子核の中の中性子が反電子ニュートリノと電子を放出して、陽子に変わるという現象のことです。
ダブルベータ崩壊は、その名前の通り、ベータ崩壊が2回同時に起きる現象、つまり、2個の中性子が2個の反電子ニュートリノと2個の電子を放出して2個の陽子に変わってしまう現象のことです。
このダブルベータ崩壊は、素粒子屋さんにとって少し特別な意味を持っています。それは、ニュートリノがマヨラナ粒子なのかどうかを探る手段となるため。マヨラナ粒子とは、粒子と反粒子が同じものである粒子のことで、ニュートリノと反ニュートリノが同じものなのかどうかを確認するのに、ダブルベータ崩壊はとても重要な現象になっているのです。
もしニュートリノがマヨラナ粒子、つまりニュートリノと反ニュートリノが同じものであるとすると、ダブルベータ崩壊において2個の反電子ニュートリノがキャンセルされて出てこないパターンを考えることができるのです。電子が2個だけ放出されてニュートリノが出てこないダブルベータ崩壊のことを、ニュートリノレスダブルベータ(0νββ:0個のニュートリノ(ν)と2個の電子(β))などと呼んでいます。
ニュートリノの性質をさらに詳しく調べるために、ダブルベータ崩壊をたくさん観測して、ニュートリノが出ないダブルベータ崩壊を見つけることが、KamLAND-Zen(カムランド禅:Zero neutrino double-beta decay search)の目的となっています。
KamLAND-Zenでは、2011年から2015年まではキセノンを400kg使った禅400フェーズ、2019年からは800kgに増量した禅800フェーズという実験を行っていました。名前がかっこいい…!ニュートリノの出ないダブルベータ崩壊はまだ見つかっていませんが、世界で最高の感度を持った実験になっています。
KamLANDについては過去にほんの少しだけお話したこともあるみたいなので、こちらの記事もぜひぜひ。
さらに高感度を目指して!KamLAND2!KamLAND2-Zen!
エネルギーの低い反電子ニュートリノを見つけるのがとっても得意なKamLANDですが、2024年8月に22年にわたるデータの取得を終了し、その性能をさらに上げるための改良工事が始まりました。KamLAND2に向けた準備です。
KamLANDをKamLAND2へ改良するにあたり、さまざまな部分で性能強化が計画されています。例えば、シンチレーション光を観測する光電子増倍管をハイパーカミオカンデにも使われる予定の高性能のものへの交換、光電子増倍管へ効率よく集光するためのミラーの取り付け、より性能の良い液体シンチレータへの変更、バルーンの素材の改良など、盛りだくさん!
KamLAND2に改良された後には、キセノン136入りのミニバルーンを使ったKamLAND2-Zenも計画されています。KamLAND2-Zenの予定される性能であれば、ニュートリノの質量に関する理論モデルの一部が検証できると考えられています。とっても楽しみ!
KamLANDの改良工事を見に行こう!
KamLAND2への改良工事は、すごく大雑把に説明すると、次のような流れになっています。
- 装置の中の水とオイルを全部抜く
- 装置に水を入れながら、光電子増倍管を交換する
- 新しいバルーンを設置して、装置に水とオイルを入れる
2024年11月の時点では、装置内の水はすべて抜いた!オイルは現在進行系で抜いているところ!といった感じでした。水の排水作業はそれほど面倒なことではないのですが、オイルは成分ごとに分別したうえで、タンクローリーを使用して鉱山の外の保管場所まで運搬する必要があります。そのため、タンクローリーがオイルを外に運べる最大の量が、オイルを抜くことができる最大の速度となってしまうのです。
水が抜けたKamLANDを見てみよう
ということでさっそく神岡鉱山の中に入って、KamLANDのある場所までアクセスしてみましょう!鉱山の入口から車で進むこと5分くらい、KamLANDの設置エリアに向かいます。
KamLANDの水タンクは高さが20mもありますので、上のドーム状の空間にアクセスする入口とタンクの底からアクセスする入口の2つの入口があります。(中間地点くらいにも入口があるらしいのですが、使われていないそうです)
KamLANDのタンクの上を見てみる
まずはタンクの上の様子を見てみましょう!
少し坂を登ってタンクの上のあたりにアクセスすると、いろいろな電子機器が設置されている部屋があり、さらにその奥にタンク上部への入口が待ち構えています。実験中はドーム内をきれいな状態にしておくためにクリーンルームとなっていて白衣等を上から羽織る必要があるのですが、今は工事中ということでそのまま中に入ります。
これがKamLANDのタンクの上の様子です。広い空間の中心に、円筒形の何かが設置されています。
この円筒形の部分がKamLANDの球体のステンレスタンクの蓋になっていて、中に吊るしているバルーンを支えたり、光電子増倍管からの信号を取り出したりしています。
近くから見るとこんな感じ。蓋の外側の方に並んでいる直方体の金属の箱は中で吊るしているバルーンにつながっていて、どれくらいの力で引っ張られているのかを常に測定しています。
これはバルーンがどれくらいの力で引っ張られているかを表示しているドームの外に設置されているパネルです。小刻みに変動している様子がわかりますね。
タンクの蓋の上のあたりから360度カメラで撮影してみました。ドームの中の様子がよくわかるかもしれません。
タンク上部のドームには、KamLANDの光電子増倍管からの信号を集めてまとめている細長い部屋も設置されています。
部屋の中は、この写真のように大量のケーブルと機械が設置されています。約2000本もの光電子増倍管からの信号を取りまとめているのですから、これくらいのケーブルも必要になってしまいます。
KamLANDのタンクの中を見てみる
続いて、タンクの下の入口からタンクの中にアクセスします!
タンクの中に入っていく様子をちょっとした動画にしてみました。
これがタンクの内部の様子です。全体像が見えないのでちょっとよくわからないかもしれませんが、左上の方に見える球体のようなものが、オイルの入っている18mの球体のステンレスタンクになります。白い布のようなものでいろいろなものが覆われていますが、これは水タンクの中で発生した光を少しでも多く集光できるようにするための反射材としての役割があります。
18mの球体、流石にでっかいですね。
タンクの側面や底面には光電子増倍管が取り付けられています。この光電子増倍管で検出した光を使って、外部から飛んでくる宇宙線の影響を取り除く仕組みになっています。写真には、ピンクの緩衝材に包まれていたり青い洗面器のようなものに入れられていたりする光電子増倍管が写っていますが、これは外に運び出すための準備をしているところになります。
これが球形ステンレスタンクのお尻の部分になります。このフランジを取り外すと、その内側にはステンレスを溶接した蓋がついていて、その向こうにオイルが詰まっているそうです。フランジの左側にあるパイプから、球体ステンレスタンクの中に入っているバッファーオイルと液体シンチレータを現在進行系で排出しています。
こちらも360度カメラで撮影してみました。球体が球体っぽく見えるかもしれません。
さらに360度カメラの動画です。球体の大きさがわかりやすい…かもしれません。
オイルを排出しよう
外側のタンクの水はすでにすべて排出されているのですが、内側の球体ステンレスタンクの中に入っているバッファーオイルと液体シンチレータは現在進行系(2024年11月時点)で排出中です。その排出される様子をちょっとだけ見てみましょう!
先ほどの球体ステンレスタンクの底から伸びていたパイプは、タンクの外につながっています。
タンクの外に出たオイルは、このような広い部屋に運ばれてきて、タンクの向こうに見えるゴチャゴチャした装置で成分ごとに分離されていきます。
こういうふうにパイプが張り巡らされた装置って、かっこいいですよね。
一通り処理されたオイルは、最終的に坑道の脇にある大きなタンクに集められます。このタンクの隣にタンクローリーが乗り付けられて、バッファーオイルは敦賀に、液体シンチレータは和歌山に、それぞれ運ばれていくそうです。
写真で見えるように、タンクの周囲にはコンクリートの壁が作られていて、万が一タンクの外にオイルが漏れたとしてもこの外には漏れ出ないような仕組みになっています。安全第一。
KamLANDのいろいろな写真
実はひっぐすたんがKamLANDにお伺いするのは今回が初めて!KamLANDのいろいろな装置が初見です。なにこれ!おもしろい!!そうなってるんだ!!!と何を見てもすっごく盛り上がってしまいます。その盛り上がりをお裾分けです。
この写真は、KamLANDのオイルを抜いている作業の監視を行っている部屋です。
この部屋から現在のKamLANDの監視を行っているので、モニターにはいろいろな装置の様子がリアルタイムで表示されています。モニター右上の黒い映像は、KamLANDの球体ステンレスタンクの中の様子だそう。かっこいい。
KamLAND-Zenではキセノン136を使っていましたが、そのキセノンはこのような形で保管されていました。KamLAND2-Zenが始まるまで、キセノンはしばらくお休みです。
他にもいろいろ楽しい実験
KamLANDの写真はこれくらいなのですが、KamLANDのすぐそばで別の実験も行われていたので、少しだけ拝見させていただきました。
これは希釈冷凍機と呼ばれる極低温を作るための装置。この中は15mK(ミリケルビン)というくらいの極低温まで冷やされていて、そこには超伝導転移端センサーと呼ばれる検出器が設置される予定になっています。東北大学ニュートリノ科学研究センターと量子場計測システム国際拠点(WPI-QUP)が共同で行っている研究の一環として、この装置と神岡の環境を使って、ダークマターなどの未知の粒子の検出などを行おうとしているそうです。
この希釈冷凍機を含めた装置たちは、このあとこの写真に写っているポリエチレン、鉛、無酸素銅によって覆われる予定になっています。空からやってくる宇宙線や空気に含まれるラドンからの放射線などを極力排除するためのシールドなのです。
さらに奥の部屋でも実験が行われています。徳島大学のPICOLON実験と筑波大学のPIKACHU実験です。どちらも黒いシートに覆われているので見た目ではよくわかりませんが、黒いシートの内側には鉛のシールド、そのさらに奥にそれぞれの検出器が設置されています。どちらの実験も高純度の結晶を使って、ダークマター探索やダブルベータ崩壊の研究を行っています。
いろいろな写真と動画
神岡鉱山は地下1000m位の場所にあるのですが、そんな場所でもなんと植物が生えていました。植物強い…!
富山市にある環水公園のスタバで食べたドーナツ。すごくきれいな場所でした。
おわりに
装置からバッファーオイルと液体シンチレータを全部抜いて球体ステンレスタンクを乾燥させた後に、いよいよ水を入れながら光電子増倍管の交換を行っていきます。それを行うのが来年の春くらいとのことでしたので、その頃に改めてお伺いできたらなと思っています。
今回のレポートを描くにあたって、東北大学ニュートリノ科学研究センターの市村さん、竹内さん、石徹白さんには大変お世話になりました。本当にありがとうございます!
KamLANDのwebサイトはこちら。
https://www.awa.tohoku.ac.jp/kamland
素粒子はかわいい。素粒子のイラストやマンガを描いています。博士(理学)