4コマ:この頃流行りのエマルション

電気を帯びた粒子(荷電粒子)を観測するための方法は「光に変えて、電気信号にする」が基本となります。例えばスーパーカミオカンデちゃんでは、ニュートリノの作り出した荷電粒子が水の中を走った時に出てくるチェレンコフ光を光電子増倍管(フォトマル)を使って電子にして増幅させて、とりだして電気信号にしています。ですが、今回お話するエマルションこと原子核乾板はひと味もふた味も違います。荷電粒子が通った跡を「物理的に」記録してしまうのです。

今回は原子核乾板を使っていろいろな実験を行っている名古屋大学 理学研究科・素粒子宇宙物理系 基本粒子研究室、通称F研にお伺いしてきました。


Fundamental particle physics laboratory、でF研。

原子核乾板という言葉は聞いたことがないかもしれませんが、実はかなり身近にある技術が使われた検出方法です。今では少なくなってしまったフィルムを使った写真、写ルンですとかチェキとかに入っているアレ。あの技術を素粒子検出に使っています。

フィルムを使った写真は、フィルムに光を当てると光が当たったところにある物質が化学変化を起こして別の物質になることを利用して、光の当たり具合を記録しています。この記録が写真ということですね。

原子核乾板でも同様に、化学物質(これを乳剤といいます)の薄い膜を使って記録を行います。その膜に荷電粒子が飛び込むと、その飛び込んだ軌跡に沿って物質が化学変化を起こしていきます。荷電粒子の軌跡を「化学変化を起こした物質の列」として物理的に記録してしまうのです。ただしこのままでは化学変化を起こした物質が小さすぎて確認できないので、軌跡を見やすくするために化学変化を起こした物質を薬液つけるなどして大きく成長させてあげます。この処理のことを現像と呼んでいます。フィルム写真と一緒ですね。

実際に観測に使うときには乳液だけでは使いづらいので、乳液をプラスチックの板の両面に塗って乾かして「乾板」として使います。さらに素粒子実験で使う場合には、原子核乾板を鉛やプラスチックの板などのスペーサーを挟むことで荷電粒子の反応を促して、よりおもしろい情報を記録しようとしたりします。(もちろん検出の対象や目的に応じて、そのまま使うこともあります。)


手前のシートが原子核乾板、向こうに見えるのがそれを鉛のスペーサーでサンドイッチにしたものです。

荷電粒子に当たると化学変化を起こす物質のサイズのこまかさで、粒子の飛跡を記録できてしまうのが原子核乾板のとてもすごいところ。粒子がどのような飛跡で飛んで行ったか、はっきりくっきりわかってしまうのです。1枚の原子核乾板にたくさんの検出器が詰まっているイメージでしょうか。(ちなみに標準的なもので、ハガキ大のサイズに10,000,000,000,000(10^13)個の検出器が詰まっているイメージらしいです。すんごい。)また原子核乾板だけで粒子の飛跡を記録できてしまうので、電気などは全く必要がないところも便利です。


実際に実験に使われた原子核乾板を顕微鏡で拡大したもの。この黒い点(直径約1マイクロメートル)ひとつひとつが粒子の飛跡を示しています。これは画面中央で800GeVのエネルギーを持った陽子が反応して複数の粒子が飛び出した様子、だそうです。


1枚の原子核乾板でも少しだけ奥行きがありますので、焦点を変えると粒子が飛んでいった跡を目で直接見ることができちゃいます。

反面、原子核乾板は記録したそのままでは飛跡を見ることができません。現像やら何やらの作業を行って初めてその軌跡を見ることができるようになります。そのためリアルタイムでは粒子の飛跡を見ることはできないのです。また得られる情報は原子核乾板の上に残った飛跡ですので、電子化された情報ではありません。どこにどのような粒子の飛跡があるかを何らかの方法で探して、さらにそれを実際に顕微鏡などで見て、そうやってはじめてどのような情報が残っているかわかるのです。

 

一癖も二癖もあるけれど使い方次第でとっても便利な原子核乾板という観測技術。F研ではこれを素粒子実験で便利に使うために、いろいろな研究開発を行なっています。

まずは原子核乾板を作る技術。もともとはフィルムメーカーに作ってもらっていたそうなのですが、それを自作するようになりました。物理学者が原子核乾板を自作することによって、感度の良いものやさらに細かく粒子の動きを捉えるものなど、目的の実験に適した原子核乾板を作ることができるようになりました。


原子核乾板は乳剤を薄いフィルムに薄く塗って作りますが、これはその乳剤を作る装置。光に当たると反応してしまうので、実際に装置を使うときには部屋を真っ暗にしています。写真:F研提供

また現像した原子核乾板を読み取るための装置の開発も行なっています。前にも書きましたが、原子核乾板の持つ情報量はとても膨大なものなので、どのような粒子の跡が残っているのかを素早く読み取ることが重要となってきます。その読み取り速度は年々加速していて、現在の装置では70cm四方の面積の原子核乾板を1時間で読み取ってしまうほどのスピードに達しています。これは従来の装置の100倍近いそうです。はやい!


原子核乾板の読み取り装置全景。手前に見える装置で読み取って、奥に見えるパソコン群で処理を行っています。写真:F研提供


読み取り部分。中央の円筒部分が大きな顕微鏡のレンズになっています。


実際に読み取っている様子。はやい。


読み取られたデータがこんな感じで取り込まれていきます。

 

こうやって作られたエマルションこと原子核乾板が実際にどのように素粒子実験に使われてきたのか、使われようとしているのか、見ていきましょう。

チャームクォークの発見


今ではクォークは6種類あると知られていますが、1970年頃まではクォークはアップ、ダウン、ストレンジの3種類だけと考えられていました。そのような状況の中、1971年に丹生潔先生が原子核乾板で宇宙線を観測した際に未知の粒子を発見し、日本のグループはこれが4つ目のクォークではないかとの予想を立てます。これが1973年の小林誠先生と益川敏英先生による「クォークは3世代6種類あると具合いいんじゃない?」という小林・益川理論につながり、さらにその後のチャームクォーク、ボトムクォーク、トップクォークの観測、そして小林先生と益川先生のノーベル物理学賞受賞へとつながっていきます。エマルションが今の標準理論のもとになる発見をしていたのです。すごい!

 

DONuT実験とタウニュートリノの観測


3種類あるニュートリノ、そのうちのひとつであるタウニュートリノの発見にも原子核乾板が関わっています。それがアメリカのフェルミ研究所で行われた、タウニュートリノの発見を目的とするDONuT実験です。この実験はTEVATRONと呼ばれる加速器で加速した陽子をタングステンにぶつけてタウニュートリノのビームを作り、それを原子核乾板を重ねて組み立てた検出器に当てて、タウニュートリノが反応した時に生まれるタウ粒子を見つけようというもの。タウ粒子は生まれてすぐに壊れて他の粒子に変わってしまうため、とても短い距離でも詳細に粒子の動きを記録できる原子核乾板での検出が最適でした。このDONuT実験によって、タウニュートリノが実際に存在することが証明されたのです。すごーい!

 

OPERA実験とニュートリノ振動


3つのニュートリノの種類がいつのまにか別の種類のニュートリノに変わっているニュートリノ振動。この証明には日本ではJ-PARCとスーパーカミオカンデのT2K実験が有名ですが、原子核乾板を使ったOPERA実験も大きな役目を果たしています。OPERA実験はスイスのCERN(欧州原子核研究機構)の加速器で作ったミューニュートリノを、730km離れたイタリアのグランサッソ研究所に向けて打ち込み、そこでミューニュートリノから変身したタウニュートリノを検出しようとするもの。このタウニュートリノの検出に原子核乾板を用いていたのです。2008年から2012年の実験の間にニュートリノを16879個検出し、そのうちの5つがタウニュートリノに変身していることを確認、ニュートリノ振動を証明することができました。すっごーい!

 

これからの実験

現在、OPERA実験で得られた原子核乾板の技術をいろいろな実験に持ちこんで活用しようとしています。J-PARCで作ったミューニュートリノが反応する様子を原子核乾板を使ってまるごと記録して調べようとするNINJA実験、タウニュートリノをより詳細に調べて新しい物理学を見つけようとするSHiP実験、NEWAGE(説明はこのあたり)と同じようにダークマターの風を感じることでダークマターを見つけようとするNEWSdm実験、原子核乾板を気球に乗せて飛ばし、宇宙からのガンマ線を観測して詳細に天体を見てしまおうというGRAINE計画などなど。どれもこれもおもしろい実験で、語りだすとそれだけで1コンテンツできてしまうようなものばかりです。

 

ミューオンラジオグラフィー


こんなに便利な検出方法、きっと素粒子実験以外でも使える!ということで、原子核乾板を使っていろいろな実験が行われています。そのひとつがミューオンラジオグラフィーです。これは宇宙から飛んでくる高エネルギー粒子が大気の分子にぶつかった時に生成されるミューオンを利用して、いろいろなものの透視画像を作ってしまおうというものです。簡単に言ってしまうと、原子核乾板を使っていろいろなもののレントゲンを撮っちゃおう、といった感じ。今までに火山、原子炉、そしてピラミッドなどの透視画像を作って、その内部の状態を明らかにしてきています。

 

ちょっと詰め詰めになってしまいましたが、エマルションこと原子核乾板のおもしろさについて描かせて頂きました。光や荷電粒子の動きをそのまま記録してしまうという他にはないとってもおもしろい特徴を持った原子核乾板。もしもうちょっと早く出会っていたら研究テーマにしていたかもなあと思ってしまうほど、個人的にはおもしろくて可愛い検出器です。

今回は原子核乾板というテーマでいろいろなことを行っている名古屋大学の佐藤さま、福田さま、F研のみなさまのご協力を頂きました。本当にありがとうございます!

名古屋大学 F研のwebはこちら
http://flab.phys.nagoya-u.ac.jp/2011/

 

こちらのマンガや記事は新学術領域研究 ニュートリノフロンティアの融合と進化のサポートを受けて描かせていただいております。