(LHCアトラス実験オフィシャルブログに掲載しているものの再掲です)

ずいぶんと間が空いてしまったのですが、絵で見る物理学。今回はそもそもヒッグス粒子ってなんだろう、というお話です。
今回のイラストを作るにあたってはICEPPの小林富雄様と東京大学の浅井祥仁様に沢山のご助力をいただきました。誠にありがとうございます。

ビッグバン直後の熱い宇宙では、すべての素粒子は現在の光(光子、フォトン)と同様に質量のない状態でした。この世界ではみんながみんな、光と同じ速度で運動していて、止まることもできない世界です。

そんなスピード狂な世界も、そう長くは続きません。宇宙はどんどん膨張していき、それにしたがって温度がどんどん低くなっていきます。

そしてビッグバンから10^(-10)秒後、宇宙の温度が1000兆度に下がったとき、「相転移」という現象が起こります。この相転移によって宇宙の状態が大きく変わります。この「相転移」ですが、けっして難しい現象ではありません。毎日皆さんの家の台所、おもに冷蔵庫の中やポットの中で起こっていることなのです。

相転移が起こり、エネルギーが低い状態になると偏った世界になります。下の図にあるように、相転移は鉛筆を支えている穴が大きくなることに対応します。つまり、相転移前では鉛筆は穴に刺さってまっすぐ立っていますが、これはあまり安定した状態ではありません。それに対して相転移後、穴が大きくなった状態になると、鉛筆は自然に安定な状態に、どちらかの方向に傾いて倒れこみます。鉛筆の傾き方は一通りではありません。これが「偏った」状態の世界です。これを南部先生が考案された「自発的対称性の破れ」といいます。

これをヒッグスで考えます。温度が100兆度よりも高い時には、ヒッグス粒子(場)に満たされた宇宙は相転移がまだ起きておらず、ヒッグスは素粒子に「くっつく性質」と「はなれる性質」の両方がバランスします(下の絵の左側)。これに対して温度が低くなっていき宇宙の相転移が起きると、ヒッグスは偏った性質、「くっつくだけの性質」を持つようになるのです(下の絵の右側)。


このように温度が下がった相転移後の宇宙では、ヒッグスにまとわりつかれた素粒子は運動しにくくなります。つまり、ヒッグスに絡まれた素粒子は光の速さより遅くしか運動できなくなります。このヒッグスにまとわりつかれやすさ、これが「質量」のはじまりなのです。