SNOって名前、覚えていますでしょうか。
2015年に梶田隆章先生とアーサー・マクドナルド先生がニュートリノ振動の発見を受賞理由としてノーベル物理学賞を受賞されましたが、その発見を支えた実験装置がそれぞれ、ひっぐすたんでもおなじみのスーパーカミオカンデ、そしてカナダにあるSNO(Sudbury Neutrino Observatory)です。ひっぐすたんでも過去に少しだけ紹介させていただいたことがあります。
そんなニュートリノ界(?)ではとっても有名なSNOさんですが、現在はSNO+となって新たな実験を行っています。このたび縁あって、そんなSNO+があるSNOLABにお伺いしてきました!
SNOLABは、カナダの東海岸の大都市トロントから少し北に位置するサドベリーという街にあります。サドベリーは鉱業で発展した街なのですが、SNOLABはそんな鉱山の中に作られています。
このあたり。
鉱山の中に作った理由は、神岡鉱山の中にある東京大学宇宙線研究所付属神岡宇宙素粒子研究施設のスーパーカミオカンデなどと同様に、宇宙から飛んでくる邪魔な宇宙線を抑えることができるため。SNOLABも神岡宇宙素粒子研究施設も似たような環境にあるのですが、大きく違う点が2つあります。ひとつは、SNOLABでは鉱山が現役で採掘中であること。もうひとつは、神岡宇宙素粒子研究施設は山を水平に掘った鉱山を利用しているのに対して、SNOLABは地面を下に掘り進む形をしている鉱山を利用しているということ。そのためSNOLABに行くには、現役で鉱山のお仕事をされている人たちに混ざって、シャフトと呼ばれるエレベータのようなものを使って地下深くへアクセスする必要があります。
スーパーカミオカンデのある東京大学宇宙線研究所付属 神岡宇宙素粒子研究施設とSNO+のあるSNOLABのちがい。
SNOLABに行くにはまず、専用のマインギア、鉱山用の装備に着替えないといけません。下着の上に、ツナギにベルト、ライト付きヘルメット、底の厚い安全靴に手袋、目を保護するためのゴーグル、そして金属タグ2枚の付いた番号板を装備します。かなりの重装備で、着ているだけで疲れてしまいます。
マインギアに着替えたら、入坑確認用に金属タグを鉱山入り口で預けて、いよいよシャフト#9と呼ばれるエレベータのような乗り物で地下2000mに一気に降ります。エレベータのようなといってしまうとビルにあるものを想像してしまいますが、このシャフトという乗り物はどちらかと言うと明かりのないゴンドラのようなものです。怖い。竪穴を一気に降りている様子が直に見えます。かなり怖い。突然の気圧の変化に頭痛がしたりもします。じくじく痛い。
地下2000mまで到着したら、もう1枚の金属タグを預けて、トロッコのレールのある坑道を1.8kmほど徒歩で移動です。地熱の影響なのか結構な暑さで、汗がじっとりと出てきます。途中、避難場所やシャッターを通過して、いよいよSNOLABに到着です。
Welcome to SNOLAB! ここで靴についた泥ををきれいに洗い流します。
残念ながら鉱山に入ってからSNOLABまでの道のりは写真を撮影することが禁止されていますので、こちらの動画の冒頭40秒くらいでなんとなく雰囲気を感じてもらえると助かります。
鉱山を運営している会社のプロモーションビデオ。シャフト(エレベーター)の様子だとか坑道の様子だとかは、まさにこんな感じになっています。
しかしSNOLABに到着しても、その中に入るにはもう一手間掛ける必要があります。SNOLABの中で清潔な環境を保つため、入る前に鉱山内での汚れをすべて落とす必要があるのです。水で安全靴についている泥を落とす、ヘルメットとベルトと安全靴と手袋とゴーグルをはずす、ツナギと靴下と脱いで全身シャワーを浴びる、きれいなシャツと靴下、クリーンスーツ、安全靴、ヘアネット、ゴーグルを装備して準備完了!ここまでしてようやく、ようこそSNOLAB!地下2000mにある実験施設、SNOLABの中に入ることができるのです。
正直に言います。SNOLABはアクセスするだけでもかなり疲れます。この地下深くの環境がさまざまな素粒子実験に適しているとはいえ、日々ここにアクセスして実験をしていると思うと、頭が下がる思いです。SNOLABすごい。
そんな非日常的なSNOLABでは「地表から地下2,000m」という特殊な環境下で、いろいろな実験が行われています。素粒子実験はもちろん、おもしろいところでは地下という環境が生物にどのような影響を与えるか、ハエを育てることで調べようとする実験なども行われていたりします。
地下という特殊な環境下でいろいろなおもしろい実験が行われているSNOLABですが、ここではSNO+、DEAP-3600、PICOの3つの実験について簡単にご紹介できればと思います。
SNO+
2015年のノーベル物理学賞を受賞したアーサー・マクドナルド先生がディレクターを務めていたSNO実験、これが少し装いを新たに始めようとしている実験がSNO+です。SNOでは太陽などからのニュートリノの探索実験をメインとしていましたが、SNO+ではニュートリノのでないダブルベータ崩壊という現象をメインに探そうとしています。
ここで簡単に、ニュートリノのでないダブルベータ崩壊というものの説明をしておきましょう。原子核の中に入っている中性子が陽子と電子と反電子ニュートリノに変化するという現象のことをベータ崩壊といいますが、これが2回同時に起こる現象のことを特にダブルベータ崩壊と呼んでいます。
普通のダブルベータ崩壊では反電子ニュートリノが2つ出るのですが、もし「ニュートリノと反ニュートリノは同じ粒子!」という仮定をすると、片方のベータ崩壊で出てきた反電子ニュートリノが電子ニュートリノとして中性子に吸収されて、もう片方のベータ崩壊を引き起こすことがあると考えられています。このようなダブルベータ崩壊が起きた場合、ニュートリノは出てきません。つまりニュートリノが出ないダブルベータ崩壊を見つけることが、ニュートリノと反ニュートリノが同じ粒子だという証拠のひとつになるのです。これは標準理論を超えた新しい素粒子物理学の足がかりとなる可能性があります。ぜひ見つけたい!
そんなニュートリノのでないダブルベータ崩壊を探すという実験は世界各地で行われていて、日本でも東北大学が中心となってKamLAND-Zenという実験が行われています。この実験もとても楽しい実験なので、いずれお話したいところです。
ニュートリノのでないダブルベータ崩壊の探し方ですが、SNO+ではダブルベータ崩壊を起こす原子(130Te、テルル130)をニュートリノ検出器の中の液体シンチレータに溶かし込むという方法が採用されています。液体シンチレータに溶けている原子がダブルベータ崩壊を起こした時に出てくる電子、これが液体シンチレータを発光させて、それをまわりにある光電子増倍管(光の検出器)で検出するわけです。その時に観測される電子のエネルギーから、普通のダブルベータ崩壊とニュートリノのでないダブルベータ崩壊のどちらが起きたのか、判断するのです。
【17.11.14:ダブルベータ崩壊の検出方法の記述に誤りがありましたので文章とイラストを修正しています】
SNOで重水をいれていた容器に、SNO+ではテルルを溶かした液体シンチレータをいれています。こうすることによって、ニュートリノのでないダブルベータ崩壊を探すことができるようになったわけです。
実験室にあった説明パネル。英語ですが外観はイラストでなんとなくわかるかと思います。
今回は実験装置そのものを見ることはできませんでしたが、そのコントロールルームまでは見学させていただきました。
現在の観測状況をモニターしているようす(多分)。
DEAP-3600
地下深い場所にあるSNOLABでは、そのノイズの少ない環境を活かしたダークマター実験もいくつか行われています。そのひとつがこのDEEP-3600です。
DEEP-3600の基本的な仕組みはそれほど難しくはありません。容器の中に液体のアルゴン(Ar)を3.6トン詰めて、そのアルゴンの原子核にダークマターがぶつかったときに出てくる光を、容器のまわりに設置した光電子増倍管(光の検出器)で捕まえます。
日本のダークマター探索実験XMASSや現在最高感度を達成しているXENON1Tではキセノン(Xe)と呼ばれる原子を使ってダークマターを捉えているのに対して、DEEP-3600ではアルゴンを使っているのがかなり特徴的です。キセノンとアルゴンでは一長一短がありますが、アルゴンが有利な点のひとつとして値段が安いということが挙げられます。大きいサイズの検出器が作りやすいのです。
光電子増倍管。これでダークマターとアルゴン原子核が衝突した時に出てくる光を検出します。
ライトガイド。この中を弱い光が通過して光電子増倍管に導かれます。
PICO 60
そして最後にご紹介するのがPICO 60です。これもダークマター探索実験ではあるのですが、今までの実験とは検出の仕方がかなり異なります。
PICO 60の実験装置のメイン部分。この大きな試験管みたいな容器の中でダークマターを探します。
この透明な容器の中に、過熱という状態にしたCF3I(トリフルオロヨードメタン)やC3F8(八フッ化プロパン)の液体を入れておきます。
この過熱という状態ですが、本当は液体から気体に変化する温度を超えているはずなのに液体のままの状態になっていること。この状態でちょっとした衝撃を受けると、一気に沸騰してしまうのです。小学校の頃の理科の時間に覚えた突沸という言葉に聞き覚えがあるかもしれませんが、これは過熱状態にあるためです。(ちなみに過熱と似たような状態に、液体から固体に変化する温度を超えているはずなのに液体のままの状態になっている過冷却というものもあります。これは聞いたことがあるかもしれません、ちょっとした衝撃で一気に凍ってしまうアレです。)
この過熱状態の液体の中にダークマターが飛び込んで液体の原子核にぶつかると、小さな気泡が発生します。この気泡をカメラで観測することでダークマターを見つけようとするのがこのPICO 60です。
PICO 60の動画ではありませんが、その前に行われていたCOUPP-60実験の様子です。気泡(黒いぽつぽつ)がぽじぽこ生まれている様子が見えます。
ちなみにここで出ている気泡はダークマターによるものではなく、ノイズによって発生したものだそうです。
地下2000mという特別で、かなり過酷な環境。ここでなければ行うことのできないさまざまな実験。素粒子物理(だけではないですが)学者たちの執念はすごいものだと思いました。SNOLABに訪れることはかなり難しいですが、例えば似たようなところで日本の神岡等であれば見学会なども行なっていますので、ぜひぜひ見に行って、その執念を感じてみてください。科学というものが、人類が知らなかった未踏の知識を開拓していくものだ、ということを実感できるかもしれません。
今回の取材では京都大学の中家さま、現地であわあわしていた私に救いの手を差し伸べてくださったみなさまに本当にお世話になりました。ありがとうございます!
SNOLABのwebサイトはこちら(英語です)。
https://www.snolab.ca/
【ゆるく募集】日本各地、世界各地の素粒子実験施設、ぜひにぜひにご紹介させてくださいませ。Please let me explain your experiments.
素粒子はかわいい。素粒子のイラストやマンガを描いています。博士(理学)