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遅ればせながら、EnglertさんとHiggsさんの今回のノーベル物理学賞受賞、おめでとうございまーす!
【ひっぐすたん】なんていろいろな界隈にチャレンジしてしまっているようなこのサイトですが、こんなに早く、ヒッグス粒子でノーベル物理学賞が出てくるとはあまり思っていませんでした。うれしいなあ。

 

ノーベル賞受賞を期に、ヒッグス粒子の説明がまたいくつかメディアに出ていますがとりあえずこちらのブログではこちらの本で使わせていただいた説明をもう一度、出させていただこうと思います。ですが、この説明でもだいぶいい感じかなあと思っていたところ、NewYorkTimesさまのこちらの説明がなかなかにスマートでうーんと唸らさせてしまいました。雪、雪かあ。相転移してスッと出てくる感じとか、動きづらい感じとか、かなりいい気はしています。今度こちらの例えでも一度イラストで描いてみようかなあと思う次第です。例えの世界は奥が深い…
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先日のヒッグス粒子の存在の確定といい、ヒッグス粒子関係のことがいろいろとニュースになっていますが、そもそも結局ヒッグス粒子って何なのでしょうか。めんどくさいから一言で言ってしまいましょう。ヒッグス粒子とは「質量という値に意味をもたせた粒子」です。ヒッグス粒子があることによって、素粒子たちが持っていた質量というものに「運動の変化のしにくさ」という意味が生まれたのです。

 

ヒッグス粒子をふんわりと理解するために知っておくと便利な気がする2つの言葉をヒッグス粒子を説明する前に、説明しておきましょう。それは「相転移」と「真空」です。

 

相転移、あまり日常生活で聞く言葉ではありませんが、これは身近に起こっていることを難しい言葉で言い換えただけです。皆さんの家の台所で、特に冷凍庫の中ややかんの中で起こっています。冷凍庫の中に水を入れて水の温度が0℃まで下がると、水は氷に変わります。やかんで水を沸かして水の温度が100℃になると、水は水蒸気に変わります。0℃より低いとお固い性格、100℃より低いとゆるい性格、100℃を超えると自由奔放、ひと言に水といってもいろいろな性格を持っているわけです。このようにある温度を境目にして、全体の状態ががらっと変化すること、これを相転移といいます。

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次に真空。これは日常生活でもたまに耳にする言葉ですね。宇宙は真空だとか真空掃除機だとか。おそらく何もない、何もない空間のことを真空と呼んでいるのだと思います。ちなみに宇宙空間は意外といろいろな粒子が飛び交っているので、本当の真空ではありません。

ですが素粒子物理学の世界での真空の意味は、これとはちょっと違うのです。真空とはエネルギーが一番低い状態のことを言います。何もない空間は確かにエネルギーが低そうですので真空っぽいイメージですが、実は別に何かがあったって構わないのです。そしてエネルギーが一番低い状態が別のものに変化すれば、当然真空も変化することになります。

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ここからがいよいよ本番、ヒッグス粒子の説明です。そのために少しだけ宇宙の歴史を振り返ってみましょう。

宇宙のはじまりビッグバン。そのビッグバン直後の宇宙はとてもとても温度が高い状態でした。そしてすべての素粒子は現在の光が質量を持たないように、質量に意味がない状態でした。この熱い熱い世界ではみんながみんな、光と同じ速度で運動していて、止まることもできない世界です。

そんなスピード狂な世界も、そう長くは続きません。宇宙はどんどん膨張して風船のように膨らんでいきます。そしてその体積が大きくなるにしたがって、温度がどんどん低くなっていきます。そしてビッグバンから1/10000000000秒後、宇宙の温度が1000兆度に下がったとき、相転移が起こります。温度が下がったせいで、真空が相転移を起こすのです。真空の状態が変わる、それはつまり、エネルギーの一番低い状態が変化したのです。

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この時に起きた相転移で何が変化したのかというと、世界に「かたより」が生まれたのです。このかたより、穴を開けた氷に差し込んだ鉛筆に例えてみます。氷が凍っているうちは鉛筆は穴に刺さってまっすぐ立っていますが、これはあまり安定した状態ではありません。この状態から温度が上がると、氷が溶けて穴が大きくなります。温度が変わって氷が融ける、まさに相転移ですね。すると鉛筆はどうなるでしょうか。そうです、倒れます。このとき鉛筆は勝手に適当な方向に傾いてしまいますが、当然鉛筆の傾き方は一通りではありません。こっちに倒れたりあっちに倒れたり、どの方向に倒れたっていいわけです。これが「かたよった」状態の世界です。温度が下がって、勝手にかたよりが生まれてしまったのです。これを素粒子物理学では「自発的対称性の破れ」といいます。この現象を発見した南部陽一郎先生は2008年にノーベル物理学賞を受賞されました。

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話をヒッグス粒子に戻しましょう。この真空の相転移によって、ヒッグス粒子の性格が大きく変わります。温度が100兆度よりも高い時には、ヒッグス粒子に満たされた宇宙は相転移がまだ起きておらず、ヒッグスは素粒子に「くっつく性質」「はなれる性質」の両方がバランスしていたのですが、これが宇宙の温度が低くなっていきついに相転移が起きると、ヒッグスはかたよった性質「くっつく性質」だけを持つようになるのです。さらっとした性格だったヒッグス君が、かまってちゃんになった瞬間です。

 

このように温度が下がった相転移後の宇宙では、素粒子はヒッグス粒子に好かれてまとわりつかれるようになります。このヒッグス君からの好かれやすさは素粒子の種類によって違います。クォークでもボトムクォークはアップクォークの10万倍好かれています。逆に光子はヒッグス君に嫌われているので、全然まとわりつかれません。このようなヒッグス君からの好かれやすさ、まとわりつかれやすさ、これが質量が持つ意味なのです。

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そしてヒッグス粒子にまとわりつかれると、その質量の大きさに比例して素粒子の運動の状態が変化しにくくなるのです。軽いピンポン球の運動の方向を変えるのは簡単ですが、重いボーリングの玉を運動の方向を変えるにはいろいろと覚悟が必要なことを考えればわかると思います。速く動こうとすればそれだけのエネルギーが必要ですし、逆に減速しようとするにも同じだけのエネルギーをどこかに放り投げないといけなくなってしまいます。こうやってヒッグスに絡まれた素粒子は光の速さより遅くしか運動できなくなってしまうのです。

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このようにヒッグス粒子はもともと素粒子が持っていた質量という個性に「運動の変化のしにくさ」という意味をもたせた粒子ということになります。別に質量の起源だとかそういうわけではないのです。「ヒッグス粒子が質量の起源だってことはないのだ!」これだけ知っていればとりあえずはまわりの人にドヤ顔で自慢できるような気がしますね。

 

 

ヒッグス粒子に関してはATLASブログのほうに描かせていただいた記事を転載したものがありましたが、この記事を単行本化するにあたってわかりやすく書き換えていました。で、今回はその書き換えた記事をもう一度書き換えて、ブログ用に再構成しました。わかりやすくなっているといいなあ。