岐阜県飛騨市神岡町にある神岡鉱山の地下1000メートルで、液体シンチレータと呼ばれる少し特殊なオイルを使って反ニュートリノを検出する実験、KamLAND(カムランド:Kamioka Liquid Scintillator Anti-Neutrino Detector)。東北大学が中心となって行っている実験ですが、現在は次世代のKamLAND2の始動に向けて、検出器のアップグレードが進められています。
前回のレポートはこちら。
今回拝見させて頂いたKamLANDのいろいろをまとめた動画はこちら!
はじめに
KamLAND2への検出器のアップグレードに向けて、準備をしているKamLANDさん。前回訪れた2024年11月の時点では、最も外側の水タンク(外部検出器)の水が抜かれ、その内側にある球体のステンレスタンク(内部検出器)と、さらにその中に設置された透明なバルーンから、オイルを抜き出して、鉱山の外の保管場所へと運び出しているところでした。

そして今回(2025年4月)訪れたときには、内部検出器およびバルーンの中のオイルはすでにすべて外に運び出されており、内部検出器の内側に取り付けられている約1900本の光電子増倍管を取り外すための準備が進んでいました。バルーンの中身は空になっているため、内部検出器の中でしぼんだ状態のまま吊るされています。
内部検出器の中に入ってみよう

credit: 東北大学ニュートリノ科学研究センター
この写真は、KamLANDを紹介するときによく使わせていただいている一枚です。内部検出器の内側に取り付けられた光電子増倍管(フォトマル)がずらりと並んでいて、とても迫力のあるかっこいい写真ですね。
ですが、「これ、いったいどうなっているの?」と、少しわかりにくい部分があるかもしれません。
というわけで、この写真が何を写しているのか、そして実際に中はどうなっているのかを確かめるべく、直径18メートルもある球形ステンレスタンク、つまりKamLANDの内部検出器の中に、実際に入らせていただきました!
ちなみにこの光電子増倍管たちですが、次のKamLAND2に向けて、すべて取り外される予定です。つまり、現状のKamLANDの検出器を見られるのは、これが最後のチャンスなのです。

内部検出器には、外部検出器である水タンクに下部から入り、その先にある球体ステンレスタンク(内部検出器)の底面から潜り込むようにしてアクセスすることになります。

まずは前回と同じように、直径20m、高さ20mの円柱形のタンク(水が入っていた外部検出器)の中に入ります。タンクの底にあるフランジを通り抜けて、内部へと潜り込んでいきます。

外部検出器のタンクの中に入ると、目の前に直径18メートルの巨大な球体が現れます。これが、ニュートリノを検出するためにオイルを満たしていた内部検出器です。現在、そのオイルはすべて外に排出されており、中は空っぽの状態になっています。

内部検出器の中には、オイルが満たされていたのですが、現在は乾燥させるために、普段は空気を送り込むダクトが取り付けられています。今回は中に入るため、このダクトを一時的に取り外します。

内部検出器となっている巨大な球体ステンレスタンクの底には、タンクの中に入るためのフランジが設置されています。オイルが入っていた当時は、このフランジの内側には溶接された蓋が取り付けられていましたが、今回のアップグレード作業にともなって、ドリルで穴を開けてその蓋は取り外されています。
タンクの中に入っていく動画がこちら!
この動画を撮影するために中の人はすでにタンク中に入っていますが、気にしないでください。

球体ステンレスタンクの底は、上の写真のような状態になっています。入口は狭く、段差も高いため、中に入るのはなかなかに苦労しました。

タンクに入ってすぐ目に入ってくるのが、透明なバルーンを内部検出器の内側に固定するためのパーツです。このバルーンは、内部検出器の中にニュートリノを検出するための光るオイル(シンチレーションオイル)の領域を作るために設置された透明な容器で、球体タンクの中のオイルの中心に浮かぶようなかたちで設置されていました。その設置には、このような黄色いケブラーロープが使われていて、バルーンはこのロープで上と下から吊るすように支えられていたのです。

改めて周りを見渡してみると、目に飛び込んでくるのは、透明なバルーンの残骸、そして球体タンクの内側をびっしりと覆い尽くす光電子増倍管。その光景は、思わず息をのんでしまうような迫力で、ちょっと圧倒されてしまいます。
この光電子増倍管は、16本1組のひし形のユニットとして配置されていて、さらにそのひし形を4個ひとまとめにして、三十面体の形にレイアウトされています。

タンクの上を見上げてみると、透明なバルーンの残骸がタンク上部から吊るされているのが見えます。そしてそこには、まさに記事の冒頭で紹介したあの写真そのままの光景が広がっていました。これこそがKamLANDの内部検出器の姿なのです。
こちらは、KamLANDの内部検出器の内側を360度カメラで撮影した写真です。画面をぐるぐる回して、その不思議な雰囲気を少しでも感じ取っていただけたら嬉しいです。

ちなみに、内部検出器の中での移動なのですが…16本1組となっている光電子増倍管のユニットの縁部分を、張り巡らされたケブラーロープを手がかりにしながら進んでいきます。ただし、どの場所も地面が水平ではないため、これがなかなか大変です。全身でバランスを取りながらの移動になります。
そんな移動の様子を、動画でも撮影してみました。中の人が四苦八苦している姿、笑って見てやってください。
タンクの上部に行ってみよう

前回の見学では、直径20m・高さ20mの円筒形をした外部検出器のタンク上部についてもたっぷりご紹介しました。内部検出器の蓋が開放された現在、その上部は一体どのような状態になっているのでしょうか。

ここが、内部検出器である球体ステンレスタンクの上部とつながっている蓋があった場所です。前回はしっかりと蓋がされていましたが、今回はその蓋が取り外されて、その内部が外気に晒された状態になっています。

こちらが、その取り外された蓋です。改めて見ると、たくさんのフランジが取り付けられた、不思議な構造をしていることがよくわかります。
タンク上部の現在の様子を、360度カメラで撮影してみました。下にある球体ステンレスタンクへつながる部分には、白い網がかけられています。以前よりもさらに雑然とした雰囲気になっていますね。

中央の開口部から少し横を見てみると、円筒形のフレームが保管されているのがわかります。これは、内部検出器のさらに内側に設置されていた透明なバルーンを上から支えるためのフレームで、バルーンの形を保ったまま吊るす役割を果たしていました。

また、写真のようなゴンドラのような装置も準備されていました。これに乗って、上部から球体ステンレスタンクの内部にアクセスするそうです。スリル満点ですね!

前回見学したときには、蓋から本当にたくさんのケーブルが引き出されていたのですが、そのほとんどが、今回このようにぶつっと切断されていました。もう使われることがないとはいえ、ちょっぴり寂しさを感じます。
神岡極稀現象研究拠点(カーネル)も準備中
今回、なかなか見ることができないKamLANDの内部検出器の今の姿を、たくさん紹介させていただきましたが、実はこのKamLANDと同じ神岡鉱山の地下では、さらに未来を見据えた新しい施設も動き始めています。それがカーネルです。
現在、東北大学ニュートリノ科学センターでは大阪大学と共同で、神岡極稀現象研究拠点 カーネル(KERNEL、Kamioka Extremely Rare-phenomena and NEutrino-research Laboratory)と呼ばれる研究施設を、KamLANDと同じ神岡鉱山の地下に準備しています。
このカーネルでは、宇宙線の影響をできる限り排除した環境を活かして、ごくまれにしか起こらない現象、極稀現象の探索に向けた技術開発や、次世代の研究者育成などが進められていく予定になっています。

こちらが、カーネルの技術開発拠点の予定地です。いろいろな実験装置を置く準備が始められていて、奥にはクリーンルームの姿も見えています。

先ほど奥に見えていたクリーンルームを、窓の外からそっと覗いてみました。実験装置などはこれから設置される予定ですが、半導体工場の約100倍も清浄な「スーパー」クリーンルームなのだそうです。ここで今後、どのような研究や実験が行われるのか、今からとても楽しみですね!

神岡鉱山の地下で素粒子実験をしようとすると、どうしても避けられないのが空気中に含まれるラドンからの放射線です。このとっても邪魔なラドンを取り除くために使わえるのが、写真の超純空気の製造装置です。またこのとなりには、超純水を作るための製造装置も設置されています。
追記:バルーンが取り外された後のお話
今回お伺いした約1か月後の2025年5月中旬、内部検出器の中央に吊り下げられていた透明なバルーンが、ついに撤去されました。つまりこれは、内部検出器の中に何もない状態、KamLANDが稼働を始めた当初と同じ状態になったということです。
「それは見たい!ぜひ見たい!」という気持ちが抑えきれず、再び神岡まで駆けつけてしまいました。

これがKamLANDです!まさに冒頭の写真と同じような光景が撮影できました!
360度カメラでもぐるりと撮ってみました。バルーンがなくなったことで、内部がいっそう不思議な空間に見える気がします。
ぜひ動画でも、ぐるりと見渡してみてください。
おわりに
KamLANDの検出器のアップグレードに向けた作業は、外側の水タンク(外部検出器)、内側のオイルタンク(内部検出器)から中身をすべて取り出したことで、いよいよ次の段階へと進みます。これから始まるのは、内部検出器の内側に取り付けられた光電子増倍管の交換作業。内部検出器に水を入れながら行われるとても手間と労力のかかる工程になりそうですが、その様子はまた改めてレポートを描かせていただければと思っています。楽しみ!

一方で、KamLAND-Zenで使用していたキセノン136の純化作業が並行して進められています。これは、透明なバルーンのさらに内側に設置していたミニバルーンの中のシンチレーションオイルに溶かして使っていたキセノン136を、できる限りきれいな状態に純化して、ボンベに詰めて保管するという作業。とても時間がかかるため、24時間体制のシフトを組んで対応するそうです。素粒子実験は、体力勝負!

今回のレポートを描くにあたって、東北大学ニュートリノ科学研究センターの市村さん、竹内さん、尾﨑さんには改めて大変お世話になりました。いつも本当にありがとうございます!

KamLANDのwebサイトはこちら。
https://www.awa.tohoku.ac.jp/kamland
おまけ

KamLANDのタンクに入るための入口のところに生えていた草ですが、今回訪れたときには枯れちゃってました。さみしい。元気だったときの写真はこちら。
内部検出器となっている球体ステンレスタンクの中は、その形状のせいか、音がとても反響します。ちょうど手元におしゃべりするぬいぐるみがあったので、ちょっと試してみました。声がぐわんぐわんと反響する感じ、伝わるでしょうか?

KamLANDのタンクの上のドーム部分の天井には、石でできたつららができていました。

帰りの新幹線で飲んだ日本酒。岐阜も富山もお酒がおいしい。

素粒子はかわいい。素粒子のイラストやマンガを描いています。博士(理学)